惑星ソラリア
社会的ひきこもりから自由になるための思索と実践の日々
一応更新再開。前記事を受けてのまとめ。
 前記事で目指していた方向性と、現在の自分の状態があまりにも乖離しているので、一旦これまでの経緯をまとめ、現時点での結論とこれからの方針を記しておきたいと思います。

 実はかなり早い段階で既に、「世に問うべき書物」の執筆に関しては断念していました。
 それなのにあの記事をトップに据えたまま、更新停止状態を続行したのは、テクノストレスに疲れていたためです。
 「安心してパソコンをつけずにいられるよう、もっともらしい目標を掲げて収まりをつける」ことも、あの記事を書いた理由の一つだったので。

 断念した経緯としては。
 宇野常寛「ゼロ年代の想像力」第5回(SFマガジン11月号)と、東浩紀+桜坂洋「キャラクターズ」(新潮10月号)を読んで打ちのめされたことが大きいです。
 前者においては「世界がつまらないとあなたがもし感じているなら、それは本当に世界のせいなのか、一度点検してみるといいだろう」という一文と、私が世界に感じている絶望など、既に「分析済み」であったこと。
 後者においては、「共作による批評のキャラクター小説化」というアクロバティックなテクストが非常に面白かったこと自体と、文学と哲学の素養において、私はそれで食っているプロ(=東浩紀)には遠く及ばない、ということを改めて思い知らされたためです。
 まあ他にも、芥川賞受賞の「アサッテの人」など、要因は色々とあるのですが。
 その結果至った結論。
 私が書きたいことは「そもそも生命誕生の時点から限られたパイの奪い合いで進化圧が発生し、食物連鎖や性の分化もその延長線上にある」「それ以前に地球の誕生に至る何代もの恒星の死という宇宙の歴史にしても結局は収奪の繰り返し」「エネルギー保存則がこの宇宙の法則に含まれている以上、現在の人類ではその宿命から逃れられない」「収奪と競争主義を必然的に生むこの宇宙は間違っている」「宇宙の法則を書き換え、再創造する技術を得る必要がある」と要約できてしまう。
 これはもしかしたらまだ誰も言っていないことかも知れないが、説得力を与える肉付けをしようにも、専門的知識が圧倒的に足りない。思いついたのはSF短篇の構想くらい。書くつもりだった断章も箴言も一向に浮かんでこない。そもそも小説が書けない状態が改善しない。
 それ以前にこのテーゼは世に問うほどの価値があるのか。
 否。ただの突飛な極論、現実を見ていない空論。大真面目に書けば書くほど笑われる類。労力を注ぐ価値はない。
 そう自分でダメ出しをして、前記事の意気込みを白紙にした次第です。


 まあそんなわけで、学問への情熱が早々に薄れた私が何をしていたかというと。
 ……いや、更新停止期間の出来事については「日記の範疇」に入ると思うので、別記事で改めて書くとしましょう。
 ただ、またしても精神科の薬を断っていたため、諸々意欲が低下して典型的な「うつ症状」が出ていました。
 自立支援医療更新の書類を破り捨てたついでに医者とも絶縁していたので、別の病院にかかるにも紹介状がなく、初診で三割負担を考えると行く気にもならず、断薬は1ヶ月以上続いています。
 基本的に低調な日々が続いていましたが、ここ数日は元気なのでご心配なく。

 「17歳」云々と言っていた件については――。
 まあ、時計の針は巻き戻せませんでした。10年前と今とでは、環境が大きく変わっていますし。社会全体にしても、家庭内の環境にしても。
 体力の回復を図る前に気力をなくし、風邪で寝込んだりもしていたので、当時の鋭利な思考を取り戻すことも叶いませんでした。
 死にたい感覚は、まあ似ていたかも知れませんが……体の地力が大きく違うのと、経験が行動を縛るため、やはり全然違いますね。
 ただ、ノートに日記や雑記を書く習慣は戻りました。
 原稿用紙は手つかずのままですが。
 コンテンツ消費については……相変わらずですね。マンガの新刊チェックも、アニメ中心の生活も。
 まあ、強迫観念はやや和らいだように思います。「別にいいや」と流せることができてきたので。録画失敗や売り切れに出くわして悔しがるのは変わらないので、本当に微妙な変化ですけれど。


 それで、今後の方針ですが……。
 「惑星ソラリア」は賞味期限切れな感がひしひしとするので、できれば新たにブログを開設したいところですが、しばらくはここで断続的に書いていくと思います。
 実のところ、ノートではなくウェブで何か書きたいことがあっても、前の記事で更新停止を断言していた手前、書けずにいたストレスもあったのです。
 また、何かしら日常で面白いことがあった時に、日記メールを送り付けたり、他所様の掲示板で「そんなことは手前の日記に書いとけ」な書き込みをしてしまったりと、傍迷惑な状態にもなっていましたし。
 そんなわけでぼちぼちブログの更新再開です。
 ユーザータグとか共通テーマとか、知らない間に増えていた新機能とか、面倒なものは無視する方向で(笑)。

17歳へリセット ――更新停止に寄せて――
 世に問うべき書物の形式を決定しました。
 それは、断章の集積、および関連した散文詩あるいは短篇が適宜配置される、重層的なテクストの形をとることでしょう。
 私にはその表現形式が一番合っている、と結論いたしましたので。
 恐らく、17歳当時の私が、初めて本気で「文学」を書き始めた、その時から。

 先達として、シモーヌ・ヴェイユの「カイエ」、マルグリット・ユルスナールの「火」を意識しています。
 ただ当然、それらを文学として成立させ得た――モンテーニュの「エセー」やパスカルの「パンセ」を挙げるまでもなく――フランス文学の、断章、警句、箴言、機知を尊ぶ風土は、より深く知らねばなりません。
 文学全般について、学び直しが必要でしょう。
 この国の思想受容史と「教養」そして「文学表現」の変遷についても、勿論。

 また、私の目指す目的のためには、必ずしも厳密ではなくとも、最新の宇宙物理学のフォローアップが必要となってきます。
 それらの読書や勉強のための時間や経費も、確保すべき事項です。


 テーマは「この宇宙を貫く法則の統合的把握」と「それに対する異議申し立て」。可能であれば「それを超える論理の可能性」まで。
 (cf:記事446。)
 単に学術論文にするのでは面白味に欠けますし、何より私にその能力がありません。
 かといって完全フィクションのSFにするのでは、余程の名作長編とならない限り、一時のものに終わってしまいますし、ここは私に一番合った、思うままに書ける、型破りのテクストを上梓したいものです。
 目指すは、ショーペンハウアー「意志と表象としての世界」(白水社刊)に匹敵する、世界を説明する論理の構築です。


 大学図書館などを利用するために、再度どこかに学籍を置くことも検討していますが、今の私にはまだその資格がありません。
 哲学や文学、宇宙物理学などを網羅し、学際的なキャンパスのある大学となると、やはり限られてきますので。
 それには私が高3の春に逃げたものに再び立ち向かえるだけの強さを身につけなければならないと思いますし。

 過日、高校時代の友人達と文理の壁を超えて語らえたような、知的なサロン、社交場があるとよいのですが、現実には難しいでしょう。
 何も持っていない、今の私には。
 ただ、現在は私立の個性豊かな図書館もあるようですし、そうした場へ行ってみることも検討しています。
 文章中心の同人誌即売会などのイベントへも。


 17歳の感性を取り戻すこと。
 現在の、体力が落ち、ネットやケータイの情報に支配され、アニメなどのコンテンツ消費で毎日が終わっていく生活は、一旦捨て去ります。
 このブログはこれ以上更新しません。
 他のサイトでWeb日記を書くこともしません。
 アニメなどは、自然に関心が薄れるに任せます。
 それらに忙殺されていた時間を他に充て、しばらくはオフラインで頑張ります。
 その過程で交流のためにやはりblogなりSNSが必要だ、となったら、その時はその時で開設します。
 それまでは原点に立ち返って、紙のノートや原稿用紙で物書きをします。
 とはいえ、ここを閉鎖する訳ではありません。それなりに評価をいただいている記事もあるようですし、ここはWebに残しておきます。
 (ただし著作権等で抗議が来た場合などは、その限りではありません)

 まずは体力の回復を。それなくしては何事も為せませんから。
 そして当時、知りたかったこと、いまだにわからないこと、経験して知ったこと、認識を改めたこと。
 逃げていたもの、敵視していたもの、和解したこと、いまだに許容できないこと。

 すべてをまっさらな目で見つめ直して。
 新たな挑戦を始めたいと思います。


2007.09.16 07:38 a.m.


脳内彼女を“創る”方法
思考の流れ的メモ。
(書き留めないと眠れない)

大前提:
私の関心は、「物語を語る」よりも「人類史に影響を及ぼすPieceとなる」方向へシフトしている。

小前提:
小説案を思いついたのだが、『「きみとぼく」の閉じた永遠』という結末、以外の背景を支える全てに関心が持てない。

→ 私の理想とする愛のかたち、その相手となる理想の少女、を形にすることのみが関心の対象

連想:脳内彼女

→ 「脳内彼女を“創る”方法」のような論考を書いてはどうか?
 *表記は(彼氏)や「理想の少女」も検討

「しろはた」のようなWebサイトを作って『電波男』のような書物を出版できるのが理想か。
(要リンク!)
ただWeb知識がないので狙うならブログ本。
新規に立ち上げて連載するか。(←飽きたらどうする?)

帯の惹句は
「ひきこもりの最後の“逃げ場”夢の中だ!」
↑これ強調ね。

要は「自分専用の恋人」の創造。
既存の萌えキャラに心底恋してればそれはそれでいいけど。
ローゼンメイデンや観用少女を持ち出すまでもなく、
「理想の少女の創造」は古来より人類の夢であり。
時には人形愛、時には童話、現在では萌えキャラクターの形を取って、綿々と続いてきた系譜な訳で。

ただし、『電波男』の場合、現実との接点を切っていない。
本田透自身、ライターとしての収入はあった訳だし、
「二次元の彼女はゴミ出しをしてくれない」などと書いている。
しかし寝たきりのまま死んで(消えて)しまいたい、という願いの強い、
鬱と現実拒否から来る「ひきこもり」にとっては、三次元の現実との共存自体が発想として相容れない。
最後のフロンティアは、二度と目覚めない眠りの中で見る夢、だけだ。
夢の中には確かに実在する世界がある。
そう信じること。
現実世界の一切を否定すること。
唯夢の中だけに生きること。

ただし、その前に「伴侶」はしっかりと造形しておかなければならない。
これまで接してきた現実及び架空の恋愛対象、それらはあまりに多すぎて、「理想の一人」を造形するのは難しいだろう。
だが、夢では簡単にそれらが融合する場合がある。
コントロール不能で予想外、という「他者性」までもが担保されている。
(各人の夢の強度にもよるが)
この夢を、ある程度コントロールできるようになること。
できる限り、同じ世界に自由自在にアクセスできる境地に達すること。
(「明晰夢」の研究は有用な足がかりとなるだろう)
そして、起きている時間には自分の「理想像」をとことん追求する。
クリエイターがキャラクターを造形する以上の想像力が求められるだろう。

「そんなことを言っても、結局は架空の存在じゃないか」
という反論には、何かのSFで読んだ理論が援用できるかもしれない。(失念)
人格パターンの保存……いや、求められた人格が「依り代」を求めてネットワークに具現化する話。

確認。
森岡浩之『夢の樹が接げたなら』所収の「夜明けのテロリスト」。
作品内の「プスィコン」概念。

……疲れたw
何やってんの俺orz
blogに同文コピー送付(携帯で書いてた)は、このままじゃできないな。
まいっか。後で修正w

えっと、これ体系化できたら、怪しげな啓発セミナーでも作る?(何)
半端ヲタだから無理か(^_^;)


(同日20時頃、加筆修正)

追記1.
私は本田透氏に「妄想力」が遥かに及ばない。
そして、脳内彼女と一緒に「この世界を共に過ごす」ことには興味がない。
世知辛い世の中を何とか生きていく「知恵」として「理想の少女」を妄想するのは、私としては「失礼」に思う。

注1.
「しろはた」の「嫁日記」の面白さは、そのように著者の脳内でリアルに「生きている」妻とのやりとりにあるわけで、その方向性を否定はしない。むしろ先駆者として尊敬している。
ただ悲しいかな、私はそこまでリアルに独立した人格を脳内で再生できないのだ。

追記2.
結局このエントリーは「方法」については述べていないなw
タイトルに偽りありだ。まあ、早朝覚醒時の「思いつき」だしw
というか……もっと他に、エネルギーを傾注すべき事柄があるだろう(爆)
どうしてこう、どうでもいいことばかり書いてるんだ。
昨日のカウンセリングでは色々いい言葉を語っていたのに。
XJAPANの訳詞の追記も、いつまで放置する気だよ……_| ̄|○


テーマ:ひきこもり - ジャンル:心と身体

XJAPAN「CRUCIFY MY LOVE」日本語訳詞
これは、mixi「X JAPAN」コミュニティー「Crucify My Love」トピックにて全訳を発表したものです。
記事420参照)
コミュの皆様には、大変お世話になりました。
また、トピックで紹介されていた、サイト「Larme」様の詩の解釈も、非常に参考にさせていただきました。
この場を借りてお礼申し上げます。

「Larme」管理人様の、これだけ「深い」解釈の前では、特に付け加えることもないのですが、
ただ一点「Like a river」と喩えた「貴方」と「sailing down」の関連性については、独自の解釈を施しました。
「TOSHIとの別れを予期した歌」という基本的な解釈については、ほぼそのままなぞっています。
(他の解釈の可能性については、追記にて)

当時のYOSHIKIのインタビューに出てきた「人種差別」の語、
その頃のXJAPANの「世界進出」の状況やTOSHIの「洗脳」騒動を思い起こし、
「ART OF LIFE」初回盤のYOSHIKI自身による日本語訳、
また数々のXJAPANの楽曲を参照しながら、なんとか形にしてみました。

【注意】
あくまで「私的な意訳」であることは、あらかじめご承知おき下さい。
著作権上、原詩はここには載せません。お手元の歌詞カードなどで確認して下さい。
歌詞のストーリーの流れに合わせて、リピート部分は微妙に訳を変えてあります。
単語を掛けた部分などをわかりやすくするため、原詩にない日本語を補っていたり、
本来の英語にはない意味で意訳している部分もあることは、ご了承願います。


「CRUCIFY MY LOVE」   −私的意訳−


私の愛を十字架に架けよう
それが盲目の愛であるならば
私の愛を十字架に架けよう
それで私が解放されるのならば
決して認めない 決して信じはしない
「あの愛は色の違いという壁を見ることになる」などとは
私の愛を十字架に架けよう
それが唯一の道であるならば

心が痛みで揺すぶられる
悲嘆の全てを感じてしまう
風が泣き叫んだ時
私は別れを告げるだろう
察しようとした 見い出そうとした
(共に)永遠性に辿り着くために
答は何処にあるんだ
これは「永遠」なのか

 海に流れ込む川のように自然に
 貴方は遥か遠くへ去ってしまうだろう
 そして私は知るだろう
 私は苦しみを処理することができてしまうことを
 泣く理由など 何もない‥‥

私の愛を十字架に架けよう
それが盲目の愛であるのなら
私の愛を十字架に架けよう
この苦しみから解放されるのなら
知ることはない 信じることはない
「あの愛は互いの色の違いを知るべきだ」などとは
私の愛を十字架に架けよう
それが唯一の道であるのなら

 孤独が空を曇らせるまで
 私は(貴方と共に)川を下るだろう
 そして私は知るだろう
 私は孤独の雲を晴らすことができてしまうことを
 ああ それは愛への罪なのか‥‥

心の痛みを揺らして
悲しみの全てを感じて
風が泣き叫んだ時
私は別れを告げるだろう
知ろうとした 見い出そうとした
共に永遠性に辿り着く術を
答は何処なんだ
これは永遠なのか

私の愛が盲目ならば
この愛を磔にして殺して欲しい
それで自由になれるのならば‥‥
知りたくはなかった 信じたくなかった
「私の愛は貴方との差異を見ていないものだった」ことなど――
今の私の愛は磔にして捨て去ろう
それが唯一の道なのだから



          *          *          *

mixiのトピックで色々と書き込んだ内容については、後に追記することにして、
一旦アップすることにします。
(それにしても遅くなりすぎました。以前検索で来てくださった方々には、大変申し訳ありません)

テーマ:X JAPAN - ジャンル:音楽

前記事の補足
補足。
朝昼夜と雨戸閉め切ってケータイでブログ書いてばっかりいると、
「本当に外界は存在するのか?」
と疑問に思えてくるなw

本当は前の記事はそれを立脚点にした思想について語ろうと思ったんだが、見事に忘れたw
「人類の経験値」にしたって、もっと広い範囲を指した言葉だったのに。
まあ、それは後の稿に譲ろう。

しかし教養主義なんて今どき流行らないよなw
その最後の輝きは「新世紀エヴァンゲリオン」だろう。
その後めっきり、思想や哲学なんて人々の口の端に上らなくなったもの。

ああ、今日は他にも、日本人は「他人の目」「世間の目」以外の倫理基準を持たず、
心の動きも言動の一切も、絶対神に見守られている、神とともにある、
という感覚を持つ人が非常に少ない、という話もしようと思ってたんだった。
少年期の私の感覚を共有できる人って少ないな、って。

テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

「人類の経験値」に寄与すること
今日は一日「生きていたって意味がない」と泣きじゃくっていた。
だが少し言い方を変えてみよう。
「人類の経験値に寄与することができなければ、私が生きている意味はない」と。
それならば、何がしか人類に影響を与えることができれば、私が生きる意味は「ある」ということになる。

だがどの程度の「寄与」ならば、意義を実感できるであろうか。
蝶の羽搏き程度で良ければ、現状でも次世代の新たな思想の潮流に何がしかの影響を与えている可能性はある。
だがそれは「私にとって」認識できない。
よって生きる意欲の増強には、さほど意味をもたない。

私が考えた独自の思想に基づく、概念なり造語が、
「詠人知らず」のまま世界に定着する、というのはどうだろう。
これならばある程度の「生きた実感」は得られるだろう。
それが次世代の思想のキータームとして定着したならなおさらだ。
このレベルのものを世界に広めるために有効な手段としては、
ブログで著名な書物の書評や、有名な論点について書く際に、独自の見解を含ませることである程度達成されるだろう。
本当に有用な視点であれば、検索から読まれたものが複数の人に評価されるからだ。

これらで満足できないのであれば、やはり名前を売ることになる。
だが私は本名が嫌いで(婿養子で姓が変わるならともかく)、実名で勝負する領域には、あまり出ていきたくない。
前段階として、ペンネームや芸名などである程度売れておく必要があるだろう。
それから、人類レベルにインパクトを与える思想を展開する、という順序になる。
それに値するSomethingを、まずは構築するのが最も困難な作業であることは論を俟たないが。

……しかしこう書いてきて、あまりの虫の好さに吐き気がしてきたなw
目指すは『ヴァリス』を超える神学SF、じゃなかったのかw
あるいは『意志と表象としての世界』のような世界観構築。
(ちなみに読んだのは白水社版ね。西尾幹二訳じゃないよ)
ショーペンハウアーのこの書は、たまたま古本屋の店先にあったのを見つけた若き日のニーチェに甚大な影響を与えたというが……。
そういう影響で別にいいんじゃないかねぇ。晩年や死後に評価されるとかさ(笑)
今はそういう時代じゃない?
とりあえず「マルチチュード」あたりはもう古いなw
だからって新思想のキャッチに遮二無二邁進するのも「違う」し……。
『意志と表象としての世界』に何故惹かれたかって、ヘーゲルからもカントからさえも「浮いてる」にも関わらず、一つの書物としては見事に統一した独自の世界観を確立していたから、なんだよな。
そういうの書きたいです、はい。在野でいいからw

テーマ:モノの見方、考え方。 - ジャンル:心と身体

続・ひきこもりの出口戦略
今日も一日無理矢理寝ていた。
mixiでレッドカード一発退場モノのコメントがあり、
拒絶モード発動してマイミク切りまくったがそれはまた別の話。

生きているのが嫌。
「何とかしろよ!」と親に当たるも無論何ともならず。
出口戦略の人生モデルを示すことすらできない親って何。
うちは教養のない人間が多すぎる。
低俗なテレビ番組見て馬鹿笑いしてる奴らを見ると殺意が湧く。
親戚にも教養人なんざ居ないしな。

今何かをすること。
それが将来の自分に「つながっている」感覚を持てるものが何一つない。
殊に地道な努力を要する領域。
将来の自分の人生に明らかにプラスになる、と確信できるとできないとでは、
モチベーションの維持が明らかに異なるだろう。

まずは、納得の行く「将来の自分の人生モデル」を確立するのが第一。
それがないままに、ただ、
「まずは体力をつけること」
「まずは生活リズムを整えること」
「自律神経を鍛えること」
「外出に慣れること」
「人に慣れること」
等々のアドバイスに従ってそれをこなし、
「外出も遠出も人間関係もできた、わーいわーい」
じゃねえっつうの!!(怒)
あのねえ。
まずはこの世界に希望を持てるかどうか。
この世にただ一人の「私」が生きていく意味があるかどうか。
それが最重要。
それなしに「段階論」で語らないでくれる?(怒)
そりゃあ「段階論」が有効なひきこもりもいるだろうよ。
だけど俺はそうじゃない。それを間違えるな!!!

日本の大学は嫌だ、というのは前に言った。
社会人枠? そんなの法学部や経済・経営ばっかだろ?
文学部で壮年男性なんて見たことねえよ!
居るとしてもおばさんかおばあちゃん。教養なんて軽視されてんだよこの国は!

納得の行く人生モデル。
それは、人文学の教養が生かせる専門職。
ただし大学教授ではなく。
ただし会社組織の一員ではなく。
ただし図書館職員ではなく。
ただし書店員ではなく。
ただし古書店主ではなく。
……そして日本以外の大学の学位取得を前提とする。
……そして28歳大学中退職歴なし、から始められる。
両親が示せないのも無理はねーなw

「何となくみんなの流れに合わせてきたら縁があってこの職に就き、以来ずっと続けています」
……そんなものは断固拒否する!

理想が高すぎる?
違うな。これを考えることなしには、外出する意味、自力で歩く意味さえ見出せない。

テーマ:ひきこもり - ジャンル:心と身体

ひきこもりの出口戦略
「遊戯王どうでもいい」が治らない。
今日も一日無理矢理寝てたし何もできてない。
遊戯王のストラクチャーデッキもカードスリーブもキャリーケースも買ってないし録画したGXも見てない。
11日までにデッキ組むなんて無理。サークルMGC行くのやめるか。
今日も千葉のフリースペース行きたくない、とずっと鬱だったし。
結局どこか参加してもその後二度と行かないなw

あれだ、やっぱ教養のある人たちの集まりに参加しないと未来につながらないなw
大学復帰……? 日本の大学は年齢層決められてるからなあ。
マジメに「高等教育」やる気あるんかねぇ?
受験料と入学金で経営して、4年生には卒業圧力かけるあたりw
人文学ならフランス留学だろ。
アテネ・フランセにでも通うか。
バカロレアを自力で突破できるくらいの論理に破綻のないフランス語力を身につけるべし。
やっぱそういう場で出会いを求めるのでないと意味ないよ。
通える体力があるかが疑問だけどね。

出口戦略、どうすれば立てられる?

テーマ:ひきこもり - ジャンル:心と身体

今さら「産む機械発言」と「いじめ問題」について
昨日ちょっと新聞時評で「産む機械発言」について触れられていたので少し。
(毎日新聞3月6日朝刊より)
そこでは毎日が「辞任してけじめをつけよ」と踏み込んだ社説を書いたことに触れられていた他に、
「この報道に関して不思議に思ったこと」として、ワンフレーズばかり取り上げられていて、文脈が分かる程度の要旨が見当たらなかった、とある。
「失言」であることは認めながらも、別途入手した「要旨」を見ると発言の印象が違うそうだ。
抜粋。人口統計学の話の流れから、以下に続く。
「産む機械と言ってはなんだが、装置の数が決まったとなると、機械と言っては申し訳ないが、機械と言ってごめんなさいね、あとは産む役目の人が一人頭でがんばってもらうしかない。(後略)」
これは普通に社会学で人間の行動をマスとしてとらえる手法だよね。
ここから「安心して産める環境」作りに話が進めば、特に問題はないかと。
(ちなみに海外でも大きく報道されたらしい。訳は"Birth Giving Machine"よりも"Baby Making Device"の方が気が利いてるなw)
「正論」としての批判はもう見飽きたので少し極論を書きます。

なんで女性って、「人間扱いされないこと」に対して、こうも敏感なのかねぇ?

いやさ、例えば男性を「種付けする機械」と政治家が言ったところで、特に今回のような騒ぎにはならないと思うんだ。
(「種付けする機械」で検索してみればわかるw)
「すべての男は消耗品である」とか村上龍に言われても「面白いタイトルだなあ」で終わり。
男は「人間扱いされない待遇」に子供の頃から慣らされてるからね。
女は何かとちやほやされて育つから、人生の節目で初めてそういう待遇を受けると、「許せない! 差別だわ!」と憤慨するんだよ。
(ちやほやされずに育った女性に関してはまた別項でw)
まあ、実際差別は多いけどね。でもそれも男が少年の頃に受けた不遇への仕返しとは思いません?
そして女性はその怒りを忘れないし、こういった機会に爆発させる。
人によってはそれを生きる道にする場合もある。(女性学とか、政治を志すとかね)

男が少年の時に受ける「人間扱いされない待遇」っていうのは要するに、
親の所有物として期待を一身に受け、時には受験マシーンとして養育される、ってこと。
まさに機械w
私に関して言えば、母親の所有物として宗教に洗脳されたことだな。
そうでなくても、ライフコースを成績の数字で示されるし、その選別に人間的な情状の入り込む余地はない。
女の子は、それほど成績に縛られないし、恋とか愛とか言っていられるのも、「結婚」という最終手段があるからだ。
男に伍して競争してきた女性でも、その道程にはかなりの自由がある。
男の場合、初めから逃げ道が塞がれてるからねw
多様な未来がある、と夢を見たところで、才能の評価も残酷なんだよ。
結局、また競争のレーンに復帰して、不利な位置からリスタートせざるを得ない。

他にも少年は、女の子からも残酷な選別を受ける。
選考に漏れると、もはや見向きもされない。
だからいろいろな面で競って力を示そうとするし、それだって女の子からすれば勘違いした努力にしか見えない。
だから後々、「心なんて金で買える」とばかりに、大人になると女に対して人間扱いしない腹いせをするわけだ。

まあ、女の子も残酷な選別にさらされてることは事実なんだけどね。
それでも今の世の中は「女であること」自体が価値を持つ領域があまりにも多いから。
ネットで性別を女性と偽って出会い系に登録してみれば、すぐわかるはず。

こういったことを書くと、ますます彼女ができなくなる?
いや、私はネットで彼女は探さない派になったんでね。問題なし。
とはいえ、他に社会に接点はないので、出会いはないわけだがw
ひきこもり関係の冊子に「男の子は将来結婚できる可能性があれば、仕事にはいきつくわけで」とあったが、その通りだな。
(文責はSCSカウンセリング研究所代表の臨床心理士)
ただ、ひきこもりのフリースペースとかで「可愛い女の子がいるな」とか思っても、男女交際には順序というものがあって(笑)。
そもそも女の子と接する機会がないから舞い上がっている可能性も要検討。
そのうえで、お互いに人格をある程度知らないことには、進めないな、俺はw
根深い女性嫌悪も持っていることだし。こうやって「人間扱いしない」ことだってあるわけだしね(笑)。

……話がズレた。
だから少年は否応なく競争させられ、それが歪んでいじめを生む、という話。
自分より劣っている者を叩くのと、あまりに秀でているものへの嫉妬とあるけど。
俺は「成績がよすぎる」「場の空気を全然読まない」でいじめられたな。
他に「知らないところでモテていた」「何であんなに女の子と抵抗なく話せるんだ」というのもあったらしいがw
ただ、それは、少し耐えたけどついにキレて、相手の予想外の暴力で抵抗したらぱたりと止まったな。
まあ十年以上前の話だからね。今はそんな単純なことでは止まないだろう。
しかし、そのことに味を占めて「あいつは怒らせるとヤバい」と認識させることを、
そののち、人間関係を作る際にまずやるようになってしまったのは弊害だったw
(今も治ってねえw どうしたもんだろこれw)

ただ、大人が「男の子なら反撃くらいしなさい」とか簡単に言う背景には、
俺のケースのような単純な「いじめ解決」を想定しているからだろう。
今はそんな単純な時代じゃない、ってことを、親も先生も政治家も知る必要があるよね。

・・・ってこっちはすごく「フツーな」意見だったなw

話題が複数あったけど、まあこのエントリーのテーマは、
「少年の苦しみ」ということでどうかひとつ(笑)。


テーマ:産む機械 - ジャンル:政治・経済

電車内の入試問題 (追記の追記あり)
円周率が3.05より大きいことを証明せよ。
(東京大学理科一類前期)
……だって。

しばし考え、
んー、XYだか複素数平面上に、原点Oから各頂点が等距離な正n角形をとり、
その全ての辺の長さの和と、原点からの各頂点の距離の比を、
n→∞の極限で求めればいんじゃね?
(具体的な計算の仕方はわからないけどw)
……とか思ったw

理系数学はちょっとしかやってないんでね、考え方が合ってるかどうかはわからないけど。
城南予備校の広告だったから、HP見ればわかるのか。
今まだ外だし、別にいいや。
全然間違ってたら、超恥ずいけどwww

追記1. [24:55]
帰宅後に風呂に入りつつ、改めて考え直したら、
上の方法は、ただの「円周率を求める方法」じゃん! 「証明」する戦略が全然ないじゃん!
‥‥と思った(^_^;)
(まあ、上記の計算中に「3.05」が出てくるかもしれないけど)
(そしてそもそも円周率はどうやって求めるものなのかも知らないけどw)
やっぱここは証明らしく「背理法」で、

π≦3.05とする。
○○の定理より、××だから……云々。
よって矛盾。

――とすべきなのかなぁ。
でも円周率関連の定理なんか軒並み忘れてるから、これは俺には無理だなw
不等式が出てくる式と絡めるのがセオリーなのかもしれない。

……で。城南予備校のHP見たら、英語の回答のPDFしかなかったw

追記2. [翌朝10時半]
友人からの伝聞情報なのだが、どうやら正八角形の場合「3.05」が出るらしい。
(正確には半径1の円に内接する正八角形の外周の長さ、だったかな)
そこから 円周>内接する正八角形の外周 という不等式で証明できるものらしい。
上で考えた、n→∞でなく、n=8で良かった訳(笑)。

しかし多角形の外周の長さって、簡単な計算方法あるのかなあ。
直交座標よりも極座標でとった方がいいのかな?
距離と角度、だから、三平方の定理とは違う長さの算出方法があったような気がする(自信なし)。
普通に計算するとキリのよい角度でも無理数出るしねぇ……。
受験会場では関数電卓とか使えないだろうし。
とにかく「3.05」ないし「20分の61」が出せれば勝ち、かな^^

しかしこの問題、完全に知的娯楽の領域だよなぁ(苦笑)。
……なんて言うと、受験生に怒られそうだなwww

テーマ:算数・数学の学習 - ジャンル:学校・教育



お知らせ

1. 改装準備の為、過去記事は選択的に公開しております。

2. コメント・トラックバックは停止中です。

3. ご意見・ご感想は、 kazahaya_mz@hotmailどっとこむ まで。

By 風早 瑞樹



全記事リスト

全タイトルを表示



カレンダー

09 | 2008/10 | 11
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -



プロフィール

風早 瑞樹

Author:風早 瑞樹

HN変更しました。
結局はこの名でずっと認知されているので。
(以前の名義は「Amethyst」)

基本:
千葉県在住。1979.1.11生。
職歴なしの社会的ひきこもり
精神科通院中。病名は不明。
基本は「鬱」で「軽躁」「PD」も。
概ね異性愛者(笑)の男性。
県立東○飾高校卒。
某私立大学哲学科4年次中退。
人格の核は、永遠のSF少年。

略歴:
 幼時より母の信仰する某真光系教団の下で育ち、世俗に無関心で「浮いた」少年時代を過ごす。
 運動音痴だが、中学時代は陸上部に所属。
 高校・大学と文芸サークル等で編集長を務めるが、人間関係の問題で辞める。
 高2で信仰と絶縁。精神的危機から哲学を志す。
 漫画を読み始めたのもこの頃。2002年までコミケには毎回参加。
 遊戯王OCGは弟の影響。
 1999年に20歳で自殺する前提で生きてきたが、踏み切れず。
 自暴自棄ながらもある意味活動的に過ごしていたが、
 とある事件をきっかけに、ほぼ寝たきりの毎日となる。

サイト名の由来:
アイザック・アシモフ『ファウンデーションと地球』他より。
惑星ソラリアは、万事をロボットに任せて他人と会う必要がない「ひきこもりの理想郷」。
ただ、現在の私は少々ひきこもりに否定的。
生活リズムを整え、毎日歩くことから、社会参加へ向けて試行錯誤中。
 
■人生を変えた本
『三惑星連合軍』E.E.スミス
『一九八四年』G.オーウェル
『ヴァリス』P.K.ディック
『高校時代』三田誠広
『真夜中の天使』栗本薫

■人生を変えた音楽
'92年紅白(中1当時)の


詳細リンク:
前略プロフィール
昔のプロフィール
旧・mixiでのプロフィール
mixi新プロフィール 【生い立ち&心の転機】
今までに書いた小説全リスト
【プロフィール補完・好きな漫画リスト!編(随時編集)】



最近の記事



カテゴリー



リンク集

このブログをリンクに追加する



月別アーカイブ



RSSフィード



Powered By FC2ブログ

Powered By FC2ブログ
ブログやるならFC2ブログ