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『生存の条件』
『生存の条件』 PN:芳川 友 2000.05.12 3106字
 女性2人の対話篇。自殺未遂から立ち直る話です。
 湖のシーンは、実際に作者が経験した友人の心遣いを下敷きにしています。

生存の条件
芳川 友


「生きているって、どういうこと?」
「そんなのわからない。そんなこと考えずに生きてきたから。」
「今の私は、生きているって言えるの?」
「生物学的な意味では。」
「それはどういう意味? 他の意味ではどうなの?」
「わからない。ただ、あなたがこうして生きていることは事実だから、そう言っただけのことよ。」
「でも私は生きてなんかいたくない。」
「そう。では、死にたいの?」
「死に……たかった。だけど、できなかった。なんでだかわからないけれど。」
「それは生きていたいという気持ちがあるということなんじゃないの?」
「違う。でも……心のどこかには、あったのかもしれない。だから、踏みとどまってしまったのかも。」
「それなら生きていたいんじゃないの?」
「違うわ。生きていたいと思う気持ちとは、全く別のものだったもの。踏みとどまってしまった理由は。もっと、なくすのが惜しくて、いらないものを処分できずにいるような感じだった。」
「自分を終わらせるのに忍びなかったのね。結局、自分のことが好きで、それでいのちの側に踏みとどまってしまったのね。」
「そう……だと思う。死ぬにあたって、いろいろと処分したり始末をつけてきたけれど、それでもやはり、この自分というものは捨てられなかった。」
「でも、それだけ始末をつけてきた後だと、生きるにも生きられないでしょう。」
「そうなの。思いとどまってしまって、状況はさらに悪化したわ。いまさらもう一度試みたところで同じだろうし、死ぬにも死ねなくなってしまった。」
「そもそもなんで死のうと思ったの?」
「生きるための努力が過重な負担になったから。その努力に見合うだけの何かが未来にあるとも思えなかったし、この世の全てに関心が持てなくなったから。」
「でもあなたは死ねなかった。それに、自分を終わらせたくないという思いだけを抱えたままで、以前と同じ生きるには難い状況の中で身動きがとれなくなっている。」
「そうなのよ。それに、自分を終わらせたくないと言ったところで生き続けるための全ての活動を続ける気にはならないし、そもそもそれが嫌で死にたいと思ったんだから。」
「八方ふさがりね。ただ存続していたいという自己愛だけで生きるには生存を支える労働は苛酷すぎるものね。そのうえ人生に何の楽しみも見いだせないのでしょう?」
「まさにその通りだわ。けれども生を選択してしまったからにはそこを立脚点にしてこの命をつないでいく他ないみたいね。」

 会話は、そこで途切れた。
 女子高以来から悩みの相談に乗ってくれる私の友人は、タバコをふかしながら湖の方を眺めやっている。

 生存の条件とは何だろう。
 私は、この世界に生きていてもいい個体なのだろうか。
 死を択んだ理由が、
 「生存そのものに労働が必要であるような人類という下等種族の一員であることが耐えられなかったから」。
 そんな抽象的な理由では、死へ至る最後の一線を越えられないことは、すでに身をもって証明されてしまった。
 人類への、そして世界への絶対的な異和感に捉えられてしまった私は、これからどうやって生きてゆけばよいのだろう。

「あれだね、そういう結論になると、あなたはこれまでどおり引きこもって生き続けるほかないよね。労働はしたくない、自己の存続は続けたい、というのなら。」

 一服吸い終わって吸い殻を揉み消しながら、友人はそう呟いた。

「でも、それではあまりに……今までと変わらなさすぎる。」
「何が不満なの? 生活の心配は当面はないのでしょう?」

 そうだけれど。この世界で生きて行くことそのものに立ち竦んでいるのだ、ということを、どうしたら分かってもらえるだろうか。

「怖いのなら、当面はそうしていればいいよ。大学には、籍だけ置いといて。」
「でも、もう四月がくる。大金の学費を無駄に両親に払わせるわけにはいかないわ。学費未納で、除籍になってもいいと思うの。」
「バカね。親なんて、子供のために出すお金を無駄なんて思わないのよ。堂々とスネかじりしていればいいのよ。」
「そう思えれば、どんなに楽か……。」

 私は親に大金を出させるごとに肩身がせまくなってゆく。無言の非難が、私に向けられているように感じる。この感覚は、引きこもりの人にしかわからないだろう。それとも、みんなそうなのだろうか?

「あなたは、考えすぎるのよ。哲学科なんて、形而上的なことを捏ねくりまわす学科を選んじゃって。でもあのときのあなたには哲学が必要だったのよね。それはよくわかる。でもさ、『生きる』ってことにはもっと割り切っていいと思うよ。」

 そう。彼氏を振って、学問に集中したいと思っていたときのこと。あのときも、彼女に相談に乗ってもらった。
 彼女に言わせれば、私は『男性恐怖症』なのであるらしい。だから、からだの関係を求めてきた彼が怖くなって、好きだった気持ちが冷めてしまったのだと。それでも、彼に強引に迫られて一度だけ私は男に抱かれた。『初めて』はあなたがいい、そう懇願する彼にほだされて。
 でも……あれは、痛かった。想像とは現実はまるで違った。もう、二度と男の人とあんなことはしたくない。

 私はそれまで、恋愛に幻想を抱いていた。女性学をかじっている友人に言わせれば「ロマンチック・ラヴ幻想」というのだそうだ。恋愛の対象と、結婚の相手と、セックスの相手が同一で、生涯ただ一人、というような夢想のことだ。

 でも、私はもはや、男性なんかに興味はない。
 いや、性行為を前提として成り立っている人類の存続とその世界の全てが、私の敵だ。

 だから、「人類」を捨象して成り立っていると思えた「哲学」に魅かれたのだ。でも大学では幻滅すること頻りだった。
 結局「哲学」も人類の営みであり、人間の学なのだ。学部の二年間でそのことはまざまざと思い知らされた。

「そうね。大学に、戻ってみてもいいかな。専攻課程に進めば少しは違うかも知れないし。」
「やっぱりそれは親御さんへの控目を感じるから? だったらやめときなよ。またからだが辛くなるよ。」
「いいえ、違うの。今度は『人類』という価値を叩きこわすような哲学を、自分で編み出そうと思うの。そのための手段として、よ。大学を利用するのは。」

「そう、よかったじゃない。『生きる目的』が見つかって。」
「それって皮肉? いいえ、冗談でも当座の逃げでもないわ。私は本気で、この学の構築に命を懸けるから。」

 深夜の湖のほとり。私は、車の運転ができる彼女を、電話で呼び出して、ここへ連れてきてもらったのだ。
 彼女は、また吸い殻を足で揉み消すと、私の目を正面から見つめて、こう言った。

「いいわ。それなら、あなたはそれに賭けなさい。
 でも、いいこと。人間の、生存の条件は、この世界を受け入れ、自分をその一構成要素として受容することよ。
 あなたは、もっと人生を『楽しむ』べきだわ。」

「でも……」言い掛ける私を制して、彼女は車の方へ歩いていった。
「さっき言ったことは忘れて。あなたも大学に戻る気になったんだから、これからいろいろと大変よ。引きこもっていたからだを外界に慣らさなきゃいけないし、体力もつけないとね。
 ……あなたの家まで送るわ。これからも、何か相談事があったらいつでも呼び出してかまわないから。まずは、あなたが生きる気になってくれてよかった。」

 彼女の背を追いながら、ほのかに明け染める湖の方を眺めやる。もうそろそろ、朝だ。私は不思議に晴れ晴れとした気持ちで、彼女の車の方へ歩いた。
(了)

2000.05.12

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