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mixiでの論争その1 ~主文・ひきこもりのアジテーション~ 2006.12.27
※以下は、mixiの「ひきこもりニートを考える会」コミュニティーにトピックを立てた、アジテートとしての文章です。

【なぜそんなに「将来が不安」なのですか?】

私は27歳のひきこもりです。
もう5年ほど「社会的ひきこもり」で、最近は体力も落ちてすぐに疲れてしまう状態です。
精神科には7年間通っています。
ですが私には、皆さんの「不安」が今一つ理解できません。

なぜそんなにも「働かざる者食うべからず」の類の強迫観念に囚われ、
社会復帰」なるものをしようと焦るのですか?

まずはそうした「自分を苦しめている理不尽な常識」の根本を疑い、その欺瞞を暴き、
呪縛から自分の精神を解放するほうが先なのではないでしょうか?

先の「働かざる者食うべからず」に関して言えば。
これは元々は聖書の中のパウロの言葉です。ただ、パウロ本人が書いた可能性は低いそうです。
そしてイエスは元祖ニート・フリーターのような人で、怠惰が罪などとは言っていません。
怠惰は七つの大罪の一つ、なんてものは後世の創作で、
為政者が「あまりにも働かない人民に業を煮やしてこの言葉を利用した」と考える方が自然です。
そしてこの言葉が日本で言われるようになったのは当然明治以降のことです。
(この辺は『反社会学講座』の受け売りです。実はネットで全文が読めます)
http://mazzan.at.infoseek.co.jp/ をご参照あれ)

また、皆さんが、なぜそんなにも、日本人の標準になろうとする「同調圧力」に苦しむのかもよくわかりません。
確かに日本は同調圧力が異常に強い国で、契約関係で結ばれたはずの組織が容易に「しがらみの強い共同体」と化してしまう社会ではありますが。
ゲゼルシャフトがいつの間にかゲマインシャフトになっている国とも申せましょうか(笑)。
(『思想としての〈共和国〉』にあった台詞の受け売りですが)
http://www.msz.co.jp/titles/06000_07999/ISBN4-622-07221-1.html

しかし元々はそんな社会がいやだから、ひきこもったのであるはずです。
少なくとも私はそうでした。
大学では就職活動を一切しませんでした。就職氷河期とか言う以前に、社会に組み込まれた一労働者になるのが嫌でした。
そして資格は一切持っていません。英検すら。自動車免許すら。
一度、日払いアルバイトに登録しましたが、3時間で工場から逃げ出しました。
こういう「社会的に不適格な個体」に育てられた理由については、なんとなくわかってきましたが。
(岸田秀『唯幻論物語』を読んで)
http://www.bunshun.co.jp/book_db/6/60/45/9784166604555.shtml

ただ、ひきこもりニートワーキングプア(過重労働でも生活保護水準以下の収入しか得られない人々)、そして自殺者がいずれも万単位で存在するこの国は、そもそもがおかしいはずです。
そこを問わないで「社会復帰」してどうなるのでしょうか。
ひきこもりを脱出してニートニートを脱出したらワーキングプア。そして生活に困って借金苦で自殺。
こんな格差のスパイラルが既にできているのです。
(『社会的ひきこもり』の斎藤環が新聞で言っていました)
それでもあなたは、現状を糾さず「社会復帰」しますか?

まず国家というものの正当性を疑ってみましょう。
その本質は「治安維持と安全保障を担保に警察組織と常備軍を所持する、ローカルな領土内で最高の権力と暴力を独占する機関」です。
法治国家で法を作るのも「権力」。違反者は警察組織が強制的に拘束し、最終的に司法が人命を奪うことも可能な「暴力」を揮います。
なんとなくその手続きは公正なもので、「お上には従うものだ」「被害者感情を考えれば極刑は当然だ」などと信じ込まされていますが、法律には「内乱罪」というものもあり、この権力に逆らう者には暴力の鉄槌が下されるのです。
この脅迫のもとで、納税の義務などが課されており、それが権力組織の財源となっているのです。
人民主権などと言いますが、生まれた時にあなたは日本国と「社会契約」をしていますか? 知らずにこの総体に組み込まれている。それが現実なのです。
(後日追記。萱野稔人『国家とはなにか』)
http://www.ibunsha.co.jp/index.html

もっとマシな世界を作るために、例えば実現しなかった空想的社会主義の系譜も汲み、
柄谷行人などは『世界共和国へ』などの思索を重ねています。
http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn0604/sin_k285.html

ひきこもりだって、自室から横断幕を垂らして「この社会の理不尽に抗議する!」などと掲げれば、それは立派な「立てこもり」という「社会運動」になります。
(雨宮処凛の言葉だったかな?)
ただし、このポストモダンのご時世――全ての価値がフラット化し、「ネタ」として消費される社会においては、そういった過去の「闘争」的に組織を作って動くのは難しいでしょう。
個人的にも、組織の中心になって動く難しさは経験したので、自分ではあまりやりたくないですね(苦笑)。
全国のひきこもり・ニートワーキングプアと称され虐げられている者達よ、連帯せよ!
この日本社会の致命的な理不尽を、ともに変えてゆこうではないか!
……などと叫んでも、せいぜい一時期ネタにされるだけで「痛い人たちがいたなぁ」で終わるでしょう。
何とか方策を考えたいのですが……。

まあ、こんな社会は嫌だ、と逃げ出す手もありますね。
実際、海外では日本とは全く違う生活様式があり、人々の常識や労働観、政治や宗教に対する考え方も異なりますから、人によってはその方が楽に生きられるでしょう。
私は日本のアニメやマンガが好きで、日本語ネイティブだから何かと便利で日本にいるわけですが、嫌になったら逃げ出しますよ。

父親がもうすぐ定年で、実際にはかなり危機が迫っているはずなのですが、
私は特に危機意識も持たず、楽観していますね。
一度死んだ身なので、別に野垂れ死んでもいい、と思っていることもありますし、
実際に生命の危機に置かれると、生存本能が驚くほど働くことも経験していますし。
いざとなったら、生活保護を頼ればいい。
無論日本では、そもそもの理念とはかけ離れた給付実態となっており、条件も難しいことは承知していますが。
人間、本気になって甘えれば、案外生きていけるものですよ。そうした図太い人たちはいっぱいいます。
日本人は「人に迷惑をかけてはいけない、自分ひとりでなんとかしなければ」と思いすぎなんですよ。
私自身がもろにそうですが。ただ、それを捨てれば、人は親切なものです。


まあ、いろいろと書いてきましたが、言いたいことは、
「もっと自分を縛っている思い込みから解放されて、楽になろうよ」
「将来の不安の原因を突き止めて、まずは知識を得て、不安を解消しようよ」
「そして充分に癒されてから、また困難に立ち向かおうよ」
といったことですかね。

皆さんは、どう思われますか?

2006.12.27 12:38

「mixiでの論争その2 ~レス&反論~ 2006.12.27」へ続く)
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テーマ:ひきこもり - ジャンル:心と身体

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