惑星ソラリア
社会的ひきこもりから自由になるための思索と実践の日々
パニックの原因は記憶力低下にあり?
ふと思った仮説で、根拠は全然ないんだけどね(^_^;)

パニックを起こす原因の一つに「短期記憶(一時記憶)能力の減退」があるのではないでしょうか。
パニック状態は、言わば「脳が情報を処理しきれなくなっている状態」だと思うのですよ。
脳がいっぱいいっぱいになってしまうので、どうすればよいかわからなくなってしまうのです。

よくパニックになっている実感から言うのですが、脳に一時的に留めておける情報量が少なくなると、確実にパニックに陥る頻度が高まります。
何かをしようとしている時、予想外の因子が加わると、それまで考えていたことが白紙になってしまう。
脳が止まる。フリーズする。(そんな本がありましたね)
何をやるべきかわからなくなって、事前の優先順位や段取りを忘れ、あるいは些細な問題が気になって、それ一色に染まってしまう。
そしてそれが解決されないと、パニックを起こし、動けなくなったり不適切な行動化(アクティング・アウト)に走る。
これらは、パニック障害の説明としては「感情の抑制ができない状態」とされていますが、ちょっと違うんじゃないかな〜、と。
そして、感情の暴走を抑えるため、安定剤が処方されますが、それは脳をさらにボケさせて、むしろ悪化させているんじゃないかな〜、と。
脳に十分に情報を留めておければ、冷静に対処できていたと思うので。
なのにそれが、ふとした物忘れのように、パニックにおいては脳内から消え失せてしまうのです。

数学の問題を解く時に似ています。
今までの知識の組み合わせで解けるはずの問題でも、少し様相を変えると、途端にわからなくなってしまうケースに。
あるいは、答えまでの道筋が見えたと思っていたのに、思わぬ見落としがあって、一から考え直さねばならない時に。
脳に留めておける情報の総量(思考の過程を最初から最後まで忘れずに持続させる能力)に十分に余裕があれば、慌てず騒がず、以前の記憶を随時参照しながら、問題を再検討することができます。
しかし何らかの原因で(寝不足とか)記憶の想起が阻害されると、途端にどう解けばいいかわからなくなります。
これが生活レベルで起きているのが、パニックの一つの様相ではないでしょうか。
(まあこうなると、記憶力というより「思考力」かもしれませんね・苦笑)

もちろん全てのパニックに、これが当てはまるとは思っていません。
トラウマ型や、特定状況誘発型(勝手な分類ですが)、またパニック障害の最初の発作などには、この考え方は当てはまらないでしょう。

最近本当に物忘れが激しいので、哀しくなってしまいます。
「あれ、何しようとしてたんだっけ?」なんて日常茶飯事です。
頭の中で数学の証明の全過程なんて、到底留めておけません。
いや、ちょっとした暗算でさえ異常に時間がかかって(しかも間違える)。
将棋や囲碁の「読み」にしても。もちろん遊戯王カードゲームでも。
……これは家でのつまらない見栄など捨てて、本気で「脳トレ」しないといかんかなぁ。
ほら、統合失調症の最初の病名だって「早発性痴呆」だったでしょう。
一応「家では一番頭がいい」キャラづけだったので、現実に直面するのが恐ろしい。
きっとすでに老人レベルだよorzorz

テーマ:パニック障害(PD) - ジャンル:心と身体

労働嫌悪。性行為嫌悪。
先程「絶対働きません」と書いたことへの補足を。
別に現に働いている、それができている人たちを軽侮している訳ではありません。
むしろ尊敬しています。
ただ、私の中では、金を得る為に私の時間を割き、労力を割く行為は、最大限に侮蔑すべき行為なのです。
古書店に売りに行くのでも。ネットオークションもアフィリエイトも。
何が「不労収入」ですか。手間も時間もかかる、立派な「労働」ではないですか。最悪です。
私にとって、お金というのは、私という存在が「有る」奇跡を祝福して、神が私に与えるべきものなのです。それ以外のルートは認めません。

もう一つ。おかしくなった理由を書いておきます。
それは25日に、普段利用している駅ビルの男子トイレ個室から、女の喘ぎ声が聞こえてきたことです。
最悪です。何故そんなことがありうるのですか。
少し繁華な街に行けば、性を売る商いが産業として成り立っている。
安定して性行為のできるパートナーがいない私への侮辱ですか。
恋愛関係の経験があってもそういう状態を築いたことのない私が悪いのですか。
人間って何なのですか。
なぜ生殖器などという動物的なものを捨てないまま文明など築いていやがるのですか。
最悪です。滅びてください。
人類滅亡レベルの強力な、性行為が速やかな死をもたらす空気感染以上のウイルスを開発しなければなりません。

テーマ:モノの見方、考え方。 - ジャンル:心と身体

要は「ほめて!ほめて!」ということらしいw
※注 同タイトルmixi日記(10月24日13:06投稿)の加筆修正記事です。

 昨夜はiPod中心の日記とは分けて、別に日記を書くつもりだったのだが、どうも体力限界で(慣れないことに懸命だったからなぁ)、なんか電気つけっぱで着替えもせずに眠ってしまっていた。早朝4時頃起きたら頭痛と肩凝りと首の痛みで大変。寒かったし、風呂に入って暖まろうと思ったが、「その間にPCにiPodを同期させれば楽じゃん」と思ってしまったのが失敗。準備だけで気がつけば7時w なんかもう、風呂に入れる時間帯じゃない(家族と同居だと慌ただしいからね^^;)。しかも2度目の同期は1時間もかからなかったorz
 まあそれはともかく。そんなこんなで何を書くのか忘れてしまっていた。部屋を漁って1円を見つけ99円を百円玉に両替してもらったとか、iPodがうまくいってハイになってて医者に行くつもりだったのに(朝「交通費&念の為の」千円はもらっていた)、準備が整ったら体調が駄目で雨で寒くて諦めたとかそれくらいか。昨日の出来事といえば。
 さてその後のiPod nanoたんは。空きが315MBに増えますた^^ 今はプレイリスト内シャッフルがお気に入り♪(ネットで調べた裏技w プレイリストで再生中に、設定>シャッフルを「曲」へ変更)
 大容量だと全曲シャッフルは微妙だからね。Podcast・英会話教材・ミニドラマやトークなんかが、楽曲ファイルと同列ではw 俺は……エロゲのサンプルボイス入れちゃったしwwwwwwwwww

 本題。私がmixi日記でコメントを欲しがる心理がわかった。要は「こんなに頑張って書いたのね、いろいろ大変なのに偉いね」と褒めてもらいたい! ということですた!(>ヮ<)
 おだてられて育つお子さんですか私はw いやまあ、幼児退行起こしてますんで(ぉ
 でも褒めるのって難しいんだよね。一応日記の内容は踏まえないとだし。だからかなあ、たまにマイミクさんの日記に「お!」と思っても、何を書いていいか悩んで書けなかったりするのは。
 基本、文章を公開するのは、その「読み手に向けて書く」行為が何かしら相手に寄与することを期待するものだから、それを「承認」してくれる儀式としてのコメントは書き続けるモチベーションになるのですよ。
 書いてみると当たり前のことだけど、多分自覚してる人も多いと思うけど、それがよくわからなくてコメント0続き(30連続くらいはあったかも)にやる気をなくしてたのねー。
 だからこの前の小説もどきに対する適切な反応は「お疲れ様。よく頑張ったね。ずっと小説書けなかったのに、一応は書けたんだから偉いじゃん」と言ってくれることだったんです(苦笑)。実は内容や感性に同意できなかったり、内心あまりの未熟さに侮蔑していても、とりあえず「お疲れ様(^-^)b」と言ってくれれば満足だったようでつ(´・ω・`)
 時には厳しい意見を言ってくれるのが真の友達とは思いますが、ガラスハートの僕ちゃんはそれに耐えられない、と(笑)
 こんなだから中島梓先生に「級外」と言われて「あ、オレ才能ないんだ」と簡単に諦めちゃったんだろうなぁ。

 うーん、気になるニュースピックアップしたかったけどお腹空いたし、いっか。それにネタ溜まりすぎーw
 いつもながら外出できる状態になるのがお昼の時間帯なのってどうよ。また、食べたら動けなくなるか?(苦笑)

テーマ:コミニケーション - ジャンル:コンピュータ

iTunes最悪
 何あれ。最悪なんですけど。iPod nanoを買って一週間、ようやく重い腰を上げてiTunesをDLしてインストールしたはいいけれど。
 マジ最悪。なんかいきなり、WMA→AAC変換とか始めて数時間待たされるし、midiファイルとかdxmファイル(DDIポケットの着メロ)までPC中のあらゆる音楽ファイルを文字化けしてまでライブラリに取り込むし。そのライブラリは重複ばかりで、マイミュージックフォルダは荒らされ放題。これを一体どうしろと?
 こんなんじゃiPodと同期なんかできない。徹底的に整理して、というか大部分消して再取り込みしないと、とてもじゃないが使えない。そのくせマシンへの負担はWindows Media Playerよりずっとかかるときた。
 ――異質な操作体系を強いるAppleの不便さに絶望した!

テーマ:iTunes - ジャンル:コンピュータ

シモーヌ・ヴェイユの言葉
 わたしたちは、この世では何ひとつ所有していないのだ――(中略)――ただ、〈わたし〉と言いうる力だけを別として。この力をこそ、神にささげなければならない。すなわち、これをほろぼさねばならない。わたしたちにゆるされている自由な行為なんて、まったくひとつもない。ただ、この〈わたし〉をほろぼすことだけは別として。
――シモーヌ・ヴェイユ『カイエ』抄「重力と恩寵」より



 私はこれほど強烈な言葉に出会ったのは初めてで、私は思わず、自作の稚拙な小説(CRUCIFY)のエピグラフとして使ってしまいました。高校3年生のことです。
 私は幼時からとある新興宗教を強制されて育ち、「自我を捨てよ」「執着を捨てよ」と言われ続けてきたのですが、それでもここまで徹底してその〈否定〉を言い切った言葉に触れたのは初めてでした。
 ちなみにヴェイユとの出会いは、SFマガジンに連載されていた笠井潔の「無底の王」です(単行本化されていません)。その後、私から見たらずっと上の世代の人たちが傾倒していた思想や運動そのものに、興味を抱くようになりました(しかし団塊の世代の父上は、完全な「ノンポリ」だったりする・苦笑)。
 ここまで過激な労働運動の実践と、それに全く矛盾しない、深い宗教的思索と敬虔な信仰には圧倒されます。
 しかし彼女の本を読むのには多量のエネルギーが要るので、実は「抄」である「重力と恩寵」でさえ読了してはいないことを恥ずかしながら告白します。


テーマ:信仰・希望・愛 - ジャンル:学問・文化・芸術

深夜に兆す絶望
 深更から早朝にかけて、どうしようもなく寂しくなり、消えてしまいたくなる程の絶望に襲われることがよくある。
 この後の人生に「しあわせ」と呼べるものはもはや残っておらず、このままひきこもって心を閉ざしたまま、真に誰かと魂を共有することなく、惨めに生を終える運命なのでは、と。
 ならばいっそ、今死んでしまいたい。残酷な現実に打ちのめされる前に。そう思いながらまた朝を迎える。
 私の人生目的は定まっているし、明言もしたが、現実の私がそれに向かって何か努力をしているか、となると……何もしていない。日常の些事に一喜一憂し、また鬱と躁の波を繰り返す。何一つ着実に進歩しているものはない。そして全く無関係なことに精を出す。また夜を迎え、絶望する。
 もし明日で世界が終わっても「諾」として受け入れる自信はある。だが終わりない日常が続き、再び愛を得る可能性があまりにも見えずにいると、心も脆くなる。自恃が萎える。
 直感では「他者たる汝」との融合にも似た交感状態は、それを得るために人生の全てを賭けてもよいだけの大事業と思うのだが、その議論を根底から覆す思考形態もまた、私の天性の中にあるだけに、難しい。それら二つの止揚、発展的統一が、現在私に課されている思想的課題なのか。
 否。俗に「モテる方法」をこっそり研究したり、全く関心のない態度でアニメやマンガに熱中している自分もまた、その思索にアンガージュする主体であると認識することがまずは重要だ。

テーマ:不安定な心 - ジャンル:心と身体

神についての覚書その1
 私が「神」と言うとき、念頭に置いているのはユダヤ・キリスト・イスラムの神ではない(唯一神の比喩として聖書の語句を口にはするが)。むろん日本の神道のような八百万の神でも、ローマ・ギリシアその他の多神教の神でも、遊戯王の「幻神獣」でもない。
 主に念頭に置くのは「哲学者の神」(デカルトが「コギト・エルゴ・スム」の直後に存在証明したような)、そして最も中心的に語るのは「SFで語られる神」である。
 何故かといえば、信仰の対象となる人格神とは、往々にして「人間のレベルに落として」理解されている場合が多く、「神」という超越的な概念を理解するには不適切な場合が多いからだ。
 その点、SFでは「異種」のものを何とか描出しようとしてきた歴史がある。哲学にしても、論理で突き詰めようという態度はあるが、どうしても長い「神学」の歴史から逃れ得ない。SFはその点自由に「異質の超知性」としての「神」を、現実に実証されている科学技術からの外挿(Extrapolation)によって描写できる利点がある。時に大胆な発想もあるが、科学を下敷きにしている分、オカルティズムより真実味が高く、哲学やサイコロジーより「人間」にとらわれない発想ができる場だろう。
 これが私が「宗教SF」に生涯の目標を置いている理由の一つである。

テーマ:信仰・希望・愛 - ジャンル:学問・文化・芸術

FC2ブログのユーザータグは「サブカテゴリ」として使える
 一昨日あたりからちょこちょことユーザータグをいじってみたのですが、どうやらこの機能は「サブカテゴリ」として使用可能なようです。
 初めは文中の語句しかユーザータグに入れちゃいけないのかな、と勘違いしていたのですが、どうやらそんなことはなく、記事のテーマを表すキーワードユーザータグとして入れておくだけで、「その言葉に興味がある読者」を呼び込むことができます。実際にそれでアクセスが上がっています。もちろん、意識的にユーザータグを統一基準で管理して、厳密な「サブカテゴリ」にすることもできますし、「こうした人にもこの記事は読んでもらいたいな」的な軽い気持ちで使うこともアリでしょう。
 また、過去のエントリにユーザータグを追加しても、ユーザータグ関連ページ内での表示優先順位は、投稿した時間ではなく、編集した時間であることもわかりました。長くブログを続けてきた人にとっては、過去の記事にユーザータグを入れるだけで再度のアクセスが見込め、書いてきた財産を再び生かせるチャンスともなったわけです(笑)。まあ、面倒ですけどね、いろいろと。

 こうした考察の参考にさせていただいたブログ様へのリンクを。
 まずは公式から。
 「FC2インフォメーション」より「ユーザータグ機能を追加しました」
 簡単な説明と、ユーザーの素朴な疑問の書き込みが多いようです。
 「ウェブロガーの住処」様 「記事編集でユーザータグを指定する」
  操作画面での基本的な操作の説明をされています。
 『サミーの日々徒然』様 『FC2ブログ / ユーザータグ機能』
  試しに使ってみた感触と、期待感が表明されています。
 「それは仕様?」様 「ユーザータグをサブカテゴリとして利用する。」
  ユーザータグの「はてな」との違い、サブカテゴリ的な使用方法、更には私には思いつかないような発展的な使い方の説明が丁寧になされています。さすがはプログラマーの方です。

 さて、私は外部リンクや色文字を多く使う記事では「ユーザータグの本文中のリンク変換」は行なわないことにしているのですが、仮に「ユーザータグ」という名のユーザータグをクリックすると、こんなページに飛びます。互いにキーワードで関連したいくつものブログに、簡単に飛ぶことができるのです。
 今まで、面白そうな関連ブログを見つける方法は、検索か、共有テーマか、僥倖か、という感がありましたが、これでより一層、求める情報への道が整備される可能性が出てきたように思います。まあ、この機能の主旨が理解されて普及することが条件ですけれども。

テーマ:FC2 - ジャンル:ブログ

※社会不適応な思考パターンの例
1. ずっと寝て夢を見ていたい→どうして物を食べないと生きていけない?→食い扶持を稼ぐために働くなら食べる必要がなければ働かなくていい→だいたい食べ物が必要な肉体があることが嫌だ→人類の一員でありたくない→異種の超知性体でありたかった

2. 考えたこと書くの面倒い→神はすべてをお見通し→もし神がいるなら私の考えを神は知っている→私の人生の全ての瞬間は本人が覚えていなくても神は知っている→私の精神は神の部分集合である→無理して文章化の労力をかけなくても全ては記録されている→なら書かなくてもいいや→だからそんな存在がいてもいいな、いるかもしれないな、と思ってみるのもいいんじゃない?

 元の文章はノートやメールにいろいろと広がりをもたせて書いてありますが、ここでは一気に単純化。広げすぎると書けなくなる。だいたいこれで私の主要な関心事は網羅しています(笑)。

テーマ:モノの見方、考え方。 - ジャンル:心と身体

光円錐
 先日ふと購入した『シンギュラリティ・スカイ』(チャールズ・ストルス著、金子浩訳、ハヤカワ文庫SF)。やっぱり俺の原点は翻訳SFの文体だよな、とか思いつつ夢中になって読み進めているのだが(まだ途中なんだけど)。
 主人公の姓が「スプリングフィールド」というのは「ネギま!」を思い出して笑った。ちゃんと英国にそういう苗字あるんだね。って脱線w
 この作品は超光速航行や超光速通信(即時通信)、それに伴う因果律侵犯の問題などがよく出てくる。こういうのすっごく好きなんだよなー(笑)。昔からスペースオペラは好きなんだけど(これも「新感覚スペースオペラ」なんだってさ)、こうしたガジェットを単なる長距離通信・移動手段ではなく、きちんと相対性理論を踏まえた上で、物語の筋にも絡めているところは好感がもてるな。センス・オブ・ワンダーを期待させる大ネタの仄めかし方も上手いし。
 ただ説明なしで業界用語(笑)が出てくることもよくあって。大抵は雰囲気で読み飛ばすんだけど、何度か出てきた光円錐、という単語には、見覚えはあるのに概念の意味内容をすっぽりと忘れていたw 悔しかったので入浴中や寝る前の時間などに断片的な記憶を辿って、理解の再構築を試みてみました(^^;
[続きを読む...]

テーマ:サイエンス - ジャンル:学問・文化・芸術

エントロピーの増大に抗えない
いや、なんか、私はもう「エントロピーを局所的に減少させる能力」すら失ったかな、と。
もはや新しいスキルを身につけることはできず、記憶も思考も散逸するばかり、緩慢ながら不可逆な老衰死のプロセスに入っちまったかなー、とw

いや、まあ、生命体は完全に死なない限り、ホメオスタシス(恒常性の維持)が働いてるわけだから、エントロピーの局所的減少は、まだあるわけなんだけど……。
それでも、処理しきれない老廃物や毒物は着実にたまるわけだし。
(寿命は細胞分裂の限界数で種ごとに違うんだっけ? まあいいか)
情報エントロピーに関しては、もう、ね。脳を鍛えるとかで何とかなりそうもない。

ちなみにエントロピーってのは……無秩序さの度合、でいいのかな。
熱力学の第二法則:エントロピーは増大する、ってやつね。
何にせよ放っておくと無秩序の度合が増すばかり、という法則。
掃除も片づけもしないと部屋があっという間にゴミ屋敷になるようなもんw
宇宙も熱的死に向かってるわけだしね。このまえ遊戯王GXでやってた;

えーと。
ここで使ってる言葉、ちゃんと理解して書いてるわけじゃないです(汗)。
その辺に詳しかった高校の頃とは違うので。ってあの頃も正確な定義は知らなかったか。
なので鵜呑みにしないように(笑)。まあいつものことだけど(苦笑)。

まあこんなこと書いたのは、先日資源ごみに出す古雑誌(ジャンプばっか)を紐で縛るとき、
結び方を忘れててw
母親に馬鹿にされながら何度も試行錯誤してやっと思い出す始末w
今日も、出かけようとして「出掛け方を忘れてた」しー。
身なりを整え、財布や携帯を持った。けど、いつも出かける時、鞄に何を入れてたっけ?
ここで思考が止まって頭が真っ白。パニックでまた出かけられず。
書店に注文した本が昨日入ったのにさ(「こどものじかん」2巻)。
あーあ。

テーマ:モノの見方、考え方。 - ジャンル:心と身体

自分以外を許容しない精神
私には自立を阻害している3つのドクサ(臆見。認知の歪みと言い換えても良い)がある。
一つは金銭を得る行為に関して、一つは国家の正当性に関すること、いま一つは性の問題についてだ。

一つめ。金。
私は金を得る行為はいかなるものであれ、卑しく汚らしいものと考える。
それは結局、どのような場合であれ、「搾取」と「隷従」の混合物であるからだ。
場面と立場によってその混合の比率は異なるが、結局は人が労力を費やした結果に支払われるもの。
そこには人間を資源として物的に見る疎外がある。「人的資源」「人材」などと言われるのもそのためだ。
私は人に査定される「物」ではない。
(人類は労働から解放されるべきだ。労働はロボットにさせておけばいい。人がやることではない。惑星ソラリアの基本的発想)

次。国家。
治安と安全を名目に常備軍と警察組織という「暴力」を独占している主体に、なぜ従わねばならないのか。
法治国家で法を作るのも権力。そして法に違反すれば警察組織は人を強制的に拘束できる暴力を振るい、司法は(同じ人間の癖に)一方的に強制力を持った裁きを下す。
こんなものに何故正当性があるのか。
暴力が分散していては人は自衛に多大な負担がかかる。だから治安維持と罪刑法定の権利を移譲する。
なるほど正論だ。
だが私は移譲した覚えはない。気づいたらそうした世界に組み込まれていただけだ。
また、税や年金保険料を支払う理由がわからない。
国家に保護してもらう対価に様々な権利を放棄し国民の三大義務を負う、などという契約を交わした覚えもない。
国民国家制度の外に出る自由があって然るべきだ。

最後。性。
何故知性を持つに至るまで進化した人間が、動物と同じ「交尾」をしなければならないのか。
それは食事その他にしても同じだが。
あまりにも汚らしいではないか。本当に人がやることか?
性欲を発生させる古い脳の組織を切除し、男女ともに性器の摘出手術を受けるべきだ。
子孫など、人工授精で作ればいい。完全に自動化した人工子宮のシステムで。
「中性」「無性」が当たり前の遺伝子操作も行なうがいい。
不老不死の技術なり、情報生命体への移行もいいだろう。
性的存在であることが当然で逃げ場のない遅れた時代に生きていることが苦痛だ。

これらの臆見を発展的に揚棄しない限り、私は社会に参加する気になれないだろう。
まあ、案外「結論が出る前にまず行動」しているかもしれないが。
(信念に近い域にまで達してしまっている考えを手放すのは、得てして外的契機によるものが大きいであろうし)

こうした考え方に共通することは、「他者の存在、まなざし」を徹底して拒絶していることだ。
自己愛だけを追求すると窮極的には、他の否定、関係性の否定、へ行き着く。
私は少しネットからもひきこもっていた間、「自分以外は全員死ね」と思っていた。
自分以外に、考えて動いている他人が存在しているという事実に耐えられなかった。
世界に自分以外は要らなかった。鏡を見て自己の美貌に見惚れていればそれでよかった。
多少似たような嗜好を持つ人間でも、ある話題についての感想や意見がわずかでもズレていると「消えろ」と思った。
(mixiのコミュニティーが典型例だ。同じ関心事と話題に集まりながら、書き込みは各人各様。それを「いろんな人の意見を見られて楽しい」とは、その時期の自分は思えなかった)
買い集めた本やCDも全部ゴミに思えた。テレビもビデオも、パソコンもPHSも、全部ゴミ。何の価値も感じられなかった。
PCのモニタの向こうに無数の人間が活動していること。気持ち悪かった。
それを言うなら、この時空を60億の他者と共有していること自体「やめてくれ」と思った。
まあ、あえて小説を読んだりして回復したわけだが。
(村上龍「最後の家族」(幻冬舎文庫)。ひきこもりに関する小説。これを読んで考えた、ひきこもりからの脱出方法と自立への道筋については、後に)

少しネットと距離を置こうと思っていたのだが。blogのデータもなんか壊れているっぽいし。
(PCに取られる時間がどう考えても多すぎ。今の私には、オフラインでやるべきことこそ多いはず)
アニメ版「NHKにようこそ!」の演出に吐き気がして拒絶反応が出たので、少し書いておこうと思ったのだ。
(原作小説は好きなのだが。漫画版は読んでいない。キャプチャなど見てもどうも好みではなさそうだったし。アニメの初回を見て更に確信を深めた)
ひきこもりの戯画化をギャグとして楽しめない頭の固い奴。同族嫌悪。別にどう言われてもいい。
ジャンプでも買いに行くか。早寝早起きをここのところ心がけていたのだが、馬鹿らしくなった。

テーマ:モノの見方、考え方。 - ジャンル:心と身体

言行不一致擁護論序説 (下書きのまま公開)
どうも最近、自分を含め「うぬぼれで自分を保たせている人」が多い気がする。
(印象論だけど、『他人を見下す若者たち』にも「仮想的有能感」とかあったからなぁ)
自らの身の丈よりも高い自己評価を賦与しなければやっていけない事態は、不幸だ。
そこに必ず無理と、無意識的な視野狭窄が生じるから。

だがそうでもしないと、今の社会は容赦なく「別の評価基準」を持ち出してきて、低い基準にランクづけをされ、高みとの差を意識させられる。
インターネットによって、自分が全世界レベルでどのランクにあるのか、即座にわかるようになったことも大きい(ってこれは囲碁や将棋の話なんだけどさ。他の分野でもあるかも)。
昔のような

昨日の主張。弥縫するのも面倒。知的怠惰。

言行不一致。一致させる必要もない、言葉が美しければそれでいい。言論者の特権。プロフェッショナルになるつもりもないけど。お金をとるなんてとんでもない。代わりに責任も負わない。

(下書き状態のまま長期放置)

やっぱりまだアクセスブルー
というか疲れすぎた。
さっきパニック起こしたし、PCつけるの無理。PHSから。

今日は午後図書館へ行った。
例の本は借りて館内で読み終わって返却。
持ち帰るといつ返せるかわからないし、それが一番誠実に思えた。
その後カーテンを買いに行った。
帰ったら疲れきって寝た。
そういえば朝久々に体操をしたが朝食後も寝た。
まだまだ本調子ではない。

昨夜は「一週間も音沙汰なくてごめんなさい。ご心配をお掛けしました」等の言葉もなく、
あんまり頭のよくない虚勢を張ったおバカな日記を書いてしまった。反省。
こういうことしてるといつか誰からも相手にされなくなるよな。
狼少年だ。あるいは瀬戸際外交。進歩がない。

今日は久々に恋愛小説を読んだわけなのだが、
ドラマトゥルギーに対する感覚が昔と変わったかも。
(またそうよく分かってない言葉を使う)
ラストのカタルシスのために気をもたせる、ハラハラさせる部分。
狙いが分かってるとディテールの積み重ねが冗長。
ワープロ時代だから筆が滑るのもあるだろう。
だけど丹念な描写が時に無意味に思える。
作家個人のこだわりによる、ある意味フェチ的な趣味の世界の場合は特に。
それがあまり本題と関係がない場合も多いし。
「小説の精髄は細部に宿る」のかも知れないが、それも程度問題だろう。
余剰を極力廃したものの方が好きだな。
まあ個人の趣味の問題だけどね。最近長いものが多いから。

テーマ:本に関すること - ジャンル:本・雑誌

何もしたくない
何もしたくないし、何もされたくない。
誰にも見られたくない。
blogにせよ、mixiのページにせよ。
前みたいにいきなり閉鎖・退会とかはしないにしても。
どっちにしろPCつけたくないし、つけられないから同じか。

世界に自分以外の人間がいることが、ひどく煩わしい。
干渉されたくないし、全員死ねとは言わないまでも、別世界に完全遮断したい。

優先度の高い懸案事項がいくつかあることは知ってる。
けど……だから何!?
何もできないんだよ。
世界に意味を感じられないんだよ。
そんなもの関係ないんだよ。
投げ捨てて顧みない……ようでありたいな。
所詮は願望か。温くなったものだ。

以前書いたように、「気が向かなければやらない自由」が担保されていなければ何もできない。
なのにそうではない場所へ踏み出そうとしている。
そんな自分は許せない。愛せない。
自分の気分に忠実に。
それが許されないなら……。
全てを破壊してしまおう。

ってこれも願望か。
本っ当に、温くなったものだ。(自嘲)


注:RUBY(ルビ)タグを使用していますので、ブラウザやOS等の環境によっては、レイアウトが崩れる場合があります。

テーマ:ひきこもり - ジャンル:心と身体

ひきこもりの日記と、ニートの生存権
05月17日(水)
実に3年ぶりくらいに、部屋の模様替えをした(汗)。
前の日記(オーラソーマリーディング)でも書いたように、
PCの定位置を机の上にすることが目的。
まずは部屋の隅のデッドスペースの埃にまみれた混沌を整理。
机の上も片付け、掃除機をかけて水拭きをし、移動。
といっても90度回転させただけなんだけど(苦笑)。
以前は椅子の後ろについ物を置いてしまい、机が機能していなかったが、
その事態を起こさないための配置転換。
最終的に動かしたい場所ではなかったんだけど、それには前段階の作業があまりにも大変なため、今回は90度回転で机を使える状態にするだけに留めた。
これだけでも、私としては大変な進歩。
ひきこもりのエネルギーを、普通の人のそれと比べちゃいけない(笑)。
普通の人が何気なくこなしていることが、とても不可能な無理難題に見えるほど、気力も体力も落ちているのだから。特に長期化したひきこもりでは。
そして、一旦「限界」に達して休んだあと、PCを机に配置。
机の前で椅子に座ってPC作業をするのは、何年ぶりのことやら(爆)。
寝ながら変な姿勢で操作するのと違って、首や肩が楽だ^^

ちなみに夕方の遊戯王GX。
ラーの翼神竜のコピーカードを操るカードデザイナーの話だったが、
……突っ込みどころが多すぎて何も言えない(^^;;

05月18日(木)
朝からPC(というかネット)をしていて、昼前に「現代思想の地平」のラジオ講義。
「欲望」を生物的本能からではなく「意味の問題」として、ジャック・ラカンの理論を手掛かりに、欲望に関わる「記号」「他者」「想像」などについて解説した回。
シニフィアンとか、他にも難しいカタカナ言葉が出てきたけれど、解説されてみると「なるほど」と思える平易な講義でした。
人間の欲望は構造的にどうしても「他者の欲望」を介するものだとすると、惑星ソラリアの理想郷は、本質的に矛盾を孕んでいるなw

昨日の疲れもあって仮眠。起きたらいまだに花粉症なのか、目が痒かった。
少し気分転換に散歩。最寄りの郵便局のATMは、ペイジー(Pay-easy)に対応していることを確認。Amazon(ネット通販)の支払方法の選択肢が増えた♪

夕方、「公的扶助−生存権のセーフティネット−」のラジオ講義。
なんか凄く「熱い」講義だった。
生活保護に対する俗的な誤解の対極に位置する立法時の理念は素晴らしいなぁ。
現在の日本の「自立」観は「自助努力による経済的自立」一辺倒だからね。
市場原理や拝金主義が横行し、負け組に対しては「自己責任」と切り捨て、福祉に頼ろうとすると厳しい受給要件を審査される、殺伐とした社会だから。
生活保護法は、制定時に「Daily life security act」という立派な英文名があったのに、GHQと厚生省のやり取りで「保障」ではなく「保護」という日本語訳になってしまったのは残念だなぁ。
でも、保護請求権の無差別平等原理は条文にはっきり書かれていて、生活困窮に陥った「原因」によって差別されることなく平等に取り扱われること、
表面的には「怠惰者」「素行不良者」に見える人々でも、保護請求権は保障されているという原理には感動した。
つまり、ニートだろうと元犯罪者だろうと「生存権」はあるのですっ!(ドン☆)
世間の風は冷たいけどね。。。
そういう「批判する人たち」ってのは、自分はこんなに必死で働いているのに、親の庇護でのうのうと暮らしやがって。許せない。……といった「ルサンチマン」で批判していることを、自覚しているのだろうか?

TB送信先:【ニートひきこもりJournal】 経済援助を打ち切られたニートひきこもりの末路

テーマ:ひきこもり - ジャンル:心と身体

共依存しようよ
昔、女子の間で、流行ってた話題。
「好きな人のものなら、たとえウ×チでも食べられる?」

もちろん! という子と、さすがにそれはちょっと・・・という子と。率は半々くらいだったかな。
私の好みで言えば、圧倒的に前者。
恋愛依存の素質があり、惚れ込んでくれたら、いい具合に私に依存してくれるだろう。

私は恋人が欲しいのではない。信者が欲しいのだ。
私を唯一絶対とする、崇拝者が欲しいのだ。

そして擬似家族を作りたい。
所与のものでは、得られなかった愛情を。
育て直しの、幼児返りを。心理劇を。

当然私も相手に依存する。
お互いに100%依存しきった、泥沼の共依存になるだろう。

そういう相手に逢いたい。
そういう相手と墜ちたい。

たとえそれは破滅しか生まないとしても。
今のこの、圧倒的な淋しさ、よるべなさ、孤独、死を希う心よりは、いい。
そこから、前へ進める心の強さも、また生まれうると思うから。

だれか。
一緒に。
……………………。

テーマ:壊れそうな心 - ジャンル:心と身体

mixiでありがちなことー。これからのスタンス。
さて、私は4月4日にmixiを突如前触れもなく退会してしまった訳ですが。
なにげにまた招待状もらって加入していたり。
ただ、今後mixiに何を求めるのか、自分でもまだよくわかっていないので、
現在はステルス(潜伏)モードです。笑。
(以前と名前を変えてプロフィールも簡略化している)

うーん。
mixiの醍醐味は「交流」ですよね。
でも時にそれが濃密にすぎて、嫌気が差す、こともある。
(それで退会したとも言える)

例えば落ち込んだ日記を書いて、マイミクシィさんに心配のコメントをいただいたとき。
嬉しい反面、レスが重圧になる。
「元気ですよー(^▽^)」とアピールしなければならない、という強迫観念を感じる。
(それらを「切って」、思う存分落ち込みたかった、というのも退会の理由。その後一週間くらいひたすら寝るだけの毎日をすごした)

ま、それは私に限った極端なケースとはいえ。
mixi日記でなくてもいい、blogでもWeb日記でも、コメントを寄せたら返信が欲しくなりますよね?
それで(レスの更新まだかなまだかな〜♪)と、そのサイトへ何度も足を運んでしまう。
これって……ありがちですよねw

でもmixiの場合、「足あと」が残ってしまうので、その行動があからさまなのですよw
その上[最終ログインは1時間以内]とか出るし、TOPページからマイミクシィの一覧を開くと、1時間以内とか1日以内とか、色の濃淡で一目瞭然にわかるようになっているので、
「なんでさっきからずっと[最終ログインは5分以内]なのに(つまり今現在mixiに接続しているのに)さっきの俺のコメントへのレスが無ぇんだよ!」
……とか心の中でキレそうになる場合があったりするわけです。
mixiだからこその「ありがち」なネットストレス。

そうでなくても、人の日記にコメントすると、「日記コメント記入履歴」の最新情報が自分のTOPページに反映するようになるので、コメント数が増えると、すぐにわかるわけです。
なので、実際にその人のページに行かなくても、自分のTOPページを何回も更新してしまう、といった「ネット依存症状」が出てしまうのですw

もう一つ。mixiといえば、コミュニティ。
もちろん、同好の士とトピ(掲示板)を通じて交流することが目的で加入するのですけれども。
自分のTOPページに「参加コミュニティ一覧」が表示されるので、それで自分がどのような嗜好を持っている人間か、端的に示すことができるわけです。
いわばもう一つのプロフィールのようなもの。
そして、各コミュには、それを象徴する画像アイコンがあるので、それを自分のTOPに飾りたくて加入する人もいます。
参加コミュが増えてゆくと、なんだか自分のお部屋を好きなものだけで埋め尽くしていくような快感が味わえるので(苦笑)。
実際に私も、加入する際にはそれなりの思い入れを持って「参加する」ボタンを押したはずなのに、気がつけば「初めまして」の挨拶もしていないようなコミュが100以上もありました_| ̄|○
……「ありがち」でしょう? そこのmixi経験者の貴方、心当たりはありませんか?(苦笑)
(ちなみに私は退会時のコミュ総数は150くらいでした。人によっては1000近く参加してる方もいますねw 逆に1つか2つくらいの人も;)

閑話休題。
私は、コミュニティーのオフ会が怖くて逃げ出してしまったのですねー(^▽^;;
ほら、ひきこもりですから
また、それとは別件で、mixiでしか知らない女性と、会って話す可能性を意識してしまって。
私は容姿に自信はありますし(ぉ)、話し好きなので、社交的に明るく振る舞うことにも自信を持って「いた」のですが……。
(以前はメンタル系のオフ会で、女性と携帯アドレス交換をしたり、一対一のぷちオフ(デート?)などもしていたものです^^;)
今はもう、ひきこもりが嵩じて、その自信と同じくらいに、いま妙齢の女性と一対一で話したならば。確実にキョドる自信がありますっ!(笑)

ええと、脱線しました。
これからのmixiでの私のスタンス。
1.人の日記にコメントはしない。どうしても話したければメッセージで。
2.むやみにコミュに参加しない。情報収集のRSSのようにだけ、利用する。無論、発言はよほどのことがなければ、しない。
3.新たな出会いを期待しない。(これが最重要)以前は少しマイミクを増やしすぎた。それでなすべき案件が増えて、潰れた。……だいたい顔も知らない相手と友達になんて、なりたいですか?(←好んで敵を作るなw)
4.気が向けばそういう厭世的な人のためのコミュを作る。まあこれはしそうにないかな。

……以前はblogトップの「お知らせ」で、
※現在Webでの活動は、blogよりMixiに重点をおいています。理由は、ミクシィ日記ではコメント主のTOPページが閲覧できるからです。そのためblogの更新はMixiより遅れますが、ご了承ください。
……とか書いてたんだけどな。
その頃はblogへの匿名コメント(メアドがあってもURLがないとその人の素性がわからない)が異常に怖かったから。
でも、もういいや。blogの方がいまは楽。相手の素性なんて、わからなくても別にいい。知ってしまえば余計な関わり合いが増えるだけだもの。
blogのアクセス解析で思うのは、興味のあるキーワードで検索して記事を読み、何を感じたにせよコメントせずに立ち去っていく。そうした閲覧行動が、圧倒的に多いということ。
こちらとしても、その方がなにかと有難い。所詮、他人は他人。余計な干渉や煩悶など、するだけ損。

mixiでもそのようにシンプルに、醒めたスタンスでいこうと思います。
あ、でもステルスは解除するか、どうか。
以前の名前に戻す必要……あるか? 特にない気がするな。

テーマ:mixi - ジャンル:コンピュータ

萌えぢからが足りない? −受容型と創造型−
前から思っていたことでもあるし、最近も知人のオタク語りに圧倒され、
(あそこまで、作品やキャラ、カップリングに強い思い入れを持って語ったり、お金や時間、労力を惜しみなく使うことは俺にはできないなぁ)
などと思ってしまう私は、「萌えぢから」が足りない「オタク失格」なのだろうか。
いや、そんなことはないだろう。ただ、方向性が違うだけだ。
私は、ある対象に人生を懸けるほどのめりこむことはできない。
それは、結局「他者の作り出した世界」だからだ。

高校生の頃、私は自分の書いている小説の登場人物たちが、
まるで隣りで存在しているかのように、まざまざと現実感を持って、
ともに悲しみ、ともに泣き、ともに胸を焦がし、ともに生きて・・・、
……私が小説を書いている間、彼らは確かに「実在した」のだ、という体験をした。

そう、だから私は、作品の創造主でありたいタイプなのだ(創造型)。
そして、まがりなりにも一度は神であった私は、
ほかの神々に膝を屈することはできないのだ。

たしかに、作品を受容し、消費する行動に生きがいを見出す人はいる(受容型)。
芸術の世界なら、彼らは優れた「批評家」とされるだろう。
それには、創造者とはまた違ったタイプの、優れた才能が必要とされる。

だが、オタクにおける消費行動のうち、
原作に自らの理想や妄想を託して制作する「二次創作」という文化がある。
いわゆる同人誌や同人アイテムと呼ばれるものだ。
ただそれは、創造力を必要とする作業とはいえ、「他人の作り出した作品の世界内で遊ぶ」点で、真のオリジナリティーを必要としない。
だからこれも、どちらかといえば「受容型」に位置づけることができるだろう。

ただ、優れたオリジナリティーを発揮する作家は、先行作品から様々な影響を受け、研究していることは確かだ。
また、剽窃とされないために、過去に自分と同じアイデアの作品がなかったかを知る意味でも、先行作品のチェックは欠かせない。
だが、その視線は、決して「崇拝者」のそれにはならない。
まあ、人によるかも知れないが、仮にも一国一城の主として創作者となる以上、他人の手による作品はすべて「ライバル」となる。
そうすると、人生の一部になるほど既存の作品にのめりこむのは、有害、ということにもなる。
あくまで「研究対象」のレベルにとどめておくべきなのだ。
全く新しいものを創りだすためには。
そして、創作者になる、という気概を持って既存の作品に臨む場合の視線は、「受容型」の人間とは明らかに違う、自らの創作に資するものを貪欲に発見・吸収しようとするものとなる。
そうして得られた研究の成果を融合・止揚して作品に生かすのも、優れた創作者の技量の一つだろう。
そのためにのみ他者を必要とする。そういうタイプの人間もいるのだ、世の中には。
無論、それだけではない、地味な下調べの資料と格闘する作業もあるわけだが、これを楽しめるかどうかも、才能のうちといったところか(私は非常に苦手だが)。

……………………。
うーん。ここまで書いてきて難だが、これってただ単に俺が了見の狭い排他的な自己愛人間だからじゃないの? という気がしてきた(-_-#
でも、熱烈なファンタイプの人が、創造者の側に立つケースは、あまりない気がするんだけどなー。
あ、活躍する世界が違えばいいのか。
小説家になりたいけど、XJAPANのYOSHIKIの音楽には心酔する、とか、
イラストレーターになりたいけど、この映画のシナリオは泣ける、とか。

ただ、まあ、最近小説書けてないし、ほとんど読んですらいないし(爆)。
情報のアンテナも錆び付いてるし(一週間PCもつけず寝たきりで平気・一紙しか新聞を読んでいない・等)、創作者を名乗るのはおこがましいかな。
生きる気力自体が薄れてるから、まずはそこから変わらないといけないんだけどね。

以下、近況。というか日曜の日記。

[続きを読む...]

テーマ:オタク学 - ジャンル:サブカル

女性嫌悪 −misogyny−
昔「ノーパンしゃぶしゃぶ」などが報道されていた頃に、
東大卒のキャリア官僚が初めて女性性器の実物を見て吐いた、
なんて話を聞いたことがあるが……。
私も「その手のタイプ」かもしれない。

どうにも生身の女性に嫌悪感を感じるとき、
というのが、たしかに、ある。
この人も衣服の下に「あれ」がついてるのか、と考えてしまうと……引いてしまう。

喰われる、スポイルされる、その恐怖はたしかにある。
生命や自然と、地に足がついてつながっている(ように見える)「女性性」への畏怖も。

生命の連続を、尊いものとして見、誕生を祝福したりする視線、
性行為を無視して「おめでたい」出来事を祝う視線。
それですら、「異質」な人の行ないに思われる(私から見て)。

連綿と続いてきた生命の系譜。それに必ず介在する、
あのおぞましい性的な交わり。
それを考えると、出産を担ってきた女性、
それ自体が「赤ん坊を産みに来た異星人」のように思えるのだ。

男性も性的な役割を果たしてきたことを棚上げするわけではないが、
戦争の際に征服者と被征服者の異民族混淆が起こるのは、
女性が「受け入れる形の性器を持っている」こと(=レイプの根源)、
そしてそんな憎い相手の子供でも、生まれて新しい生を生きていく、
という歴史があるからで。それからしてそもそも、もう……。

だいたい人間が(第二次性徴以降)「性的存在」である、ということが許せない。
そんな動物的で野蛮な部分が知的生命体にいまだに附属していることが。
科学でそれを克服する時代がいまだ到来していないことが。

私は、男性器の切除手術を行なってくれるなら、喜んで応じるだろう。
まあ、脳内の性欲を司る部分にも適切な処置が望まれるが。
男性にせよ、女性にせよ、性器など使用不能にしてしまって、
人工授精と人工子宮と制御ロボットによる生殖法を確立すべきなのだ。

その変化を加速するために、たとえばグレッグ・イーガン「道徳的ウイルス学者」のように、
HIVウイルスを「改良」して、性行為を引き金とするすみやかな死をもたらすウイルスを全人類が保菌するとか。
ジェイムズ・ティプトリー・Jr.「ラセンウジバエ解決法」のように、男性の性衝動を殺戮衝動へのスイッチに切り替えるとか(人類絶滅♪)。
そうやって「性行為=不潔=野蛮=反文明的」という通念を浸透させるべきなのだ。
そしてウイルスの開発者たるこの私が「新世界の神となる!」(←ぉぃ)

……………………
まあ、こうした観念が私の心の大部分を去来する期間はごく僅かではあるけれども。
その時期は一切のポルノ類を受けつけない。吐き気がする。
まあ、私が送った少年・青年期が特殊だったせいもあるだろうが。
冒頭の東大君の場合は、童貞でいる期間が長かったために、
性行為を理想化してしまって、現実の性に幻滅したというところか。
日本で表に出回っているポルノは性器を隠すからね。
隠してくれるのは有難いかな、個人的には。

去勢手術、断種手術、これらが禁じられてるのは、
特定階層への差別→除去につながりかねないからだねー。
でも私的にはそれはどうでもよくて。

早く「性」への囚われから解放されようよ、地球人。

俺みたく「実はSEX大嫌い!」な人間はなにげに人数多いと思うんだけど。どうなのかな?
Mixi在籍中にコミュニティは見つけられなかったな。検索が下手だからか。
まあ、「Aセクシュアル(asexual)」はあったけどさ。
なんか……違った。


追記1。
こうした考えを持つに至ったのは、以前の日本社会が「女性化」に向かっている、という危機感を持っていたからかな。まあ、十年前とかそれ以前の話だけれど。「社会党的な物の考え方」が幅を利かせてたし。現代とは正反対のベクトルだ。

追記2。
とりあえず母親に言いたいこと。……何勝手にSEXしてんの! 何勝手に俺、産んでんの! 何勝手に俺を自分の選んだ宗教に洗脳してんの!
(「親殺し」ないし「母親殺し」は私の小説の主たるテーマの一つだったのだが……最近小説書けてないなぁ)


テーマ:女性化・男性化・中性化 - ジャンル:心と身体



お知らせ

1. 改装準備の為、過去記事は選択的に公開しております。

2. コメント・トラックバックは停止中です。

3. ご意見・ご感想は、 kazahaya_mz@hotmailどっとこむ まで。

By 風早 瑞樹



全記事リスト

全タイトルを表示



カレンダー

11 | 2008/12 | 01
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -



プロフィール

風早 瑞樹

Author:風早 瑞樹

HN変更しました。
結局はこの名でずっと認知されているので。
(以前の名義は「Amethyst」)

基本:
千葉県在住。1979.1.11生。
職歴なしの社会的ひきこもり
精神科通院中。病名は不明。
基本は「鬱」で「軽躁」「PD」も。
概ね異性愛者(笑)の男性。
県立東○飾高校卒。
某私立大学哲学科4年次中退。
人格の核は、永遠のSF少年。

略歴:
 幼時より母の信仰する某真光系教団の下で育ち、世俗に無関心で「浮いた」少年時代を過ごす。
 運動音痴だが、中学時代は陸上部に所属。
 高校・大学と文芸サークル等で編集長を務めるが、人間関係の問題で辞める。
 高2で信仰と絶縁。精神的危機から哲学を志す。
 漫画を読み始めたのもこの頃。2002年までコミケには毎回参加。
 遊戯王OCGは弟の影響。
 1999年に20歳で自殺する前提で生きてきたが、踏み切れず。
 自暴自棄ながらもある意味活動的に過ごしていたが、
 とある事件をきっかけに、ほぼ寝たきりの毎日となる。

サイト名の由来:
アイザック・アシモフ『ファウンデーションと地球』他より。
惑星ソラリアは、万事をロボットに任せて他人と会う必要がない「ひきこもりの理想郷」。
ただ、現在の私は少々ひきこもりに否定的。
生活リズムを整え、毎日歩くことから、社会参加へ向けて試行錯誤中。
 
■人生を変えた本
『三惑星連合軍』E.E.スミス
『一九八四年』G.オーウェル
『ヴァリス』P.K.ディック
『高校時代』三田誠広
『真夜中の天使』栗本薫

■人生を変えた音楽
'92年紅白(中1当時)の


詳細リンク:
前略プロフィール
昔のプロフィール
旧・mixiでのプロフィール
mixi新プロフィール 【生い立ち&心の転機】
今までに書いた小説全リスト
【プロフィール補完・好きな漫画リスト!編(随時編集)】



ブログ内検索



最近の記事



カテゴリー



リンク集

このブログをリンクに追加する



月別アーカイブ



RSSフィード



Powered By FC2ブログ

Powered By FC2ブログ
ブログやるならFC2ブログ